雪という漢字は、
箒で掃き清める“彗”から転じて、
汚名を雪(そそ)ぐとか雪辱という言葉にも使われる。
雪が降り積もると、
真っ新な白が地上のあれこれを覆い隠してしまう様から来ているのかな?
そうそう、雪隠ってのも同じような意からなのかなぁ?
「…おいおい。」
何ですよ、大事なことです。
閉口される話じゃありませんぞ?…などという、
場外からの ちょっかい出しへ。
ふんと鼻先で息ついて見せてから、
ぷいっとそっぽを向いてしまわれるのも、ままいつものこと。
毅然とした素振りがいや映える、
鋭角な印象も相変わらずのお館様こと、
神祗官補佐にして 当代随一の陰陽師、
蛭魔妖一せんせえだったが、
「…にしても、この冬の寒さはまた格別だな。」
酷暑には強かったが、その反動か、
寒いのはもともと苦手なものだから。
あまりお肥えではない痩躯には、
ひとしお染み通るらしき極寒に、
うううと恨めしげに口許歪めてしまわれる。
日頃の居室としてなさる板張りの広間も、
あちこちの隙間を出来るだけ塞いだものの、
そもそもその作りからして
随分と年期の入った、つまりは旧式のそれなので。
戸口の間口が広かったり、
蔀(しとみ)や妻戸といった、
扉自体がきっちり閉まらなかったりし。
勿体ない話かもしれないが、
様々な絹や衣紋を几帳に重ねて引っかけ、あちこちへ立て並べの、
それでも足りぬと壁と柱の狭間を覆うよに直接小釘で張りつけのと、
取れるだけの対策は一応の着手済み。
炭櫃(すびつ)へも間断無く炭を足し、
間近にいる分には何とかしのげるほどの環境となっているものの、
「くうはそろそろ、父上から降りるのを控えよとか言われてないのか?」
天聖世界の神のお使い、天狐らを束ねる玉藻様を父とする皇子様。
小さな天狐のくうちゃんこと“葛の葉”さんは、
何となれば、あんまり気候の変動が及ばぬ
“天空の宮”に居ていい身の筈だのに、
「ん〜ん、くう、此処がいいもん。」
小さなお兄さんのお膝に抱えられたまま、
紅葉のような小さなお手々を
炭櫃へ向けて“えいちょ”とかざし、
ぬくぬく〜〜vvとはしゃいでおいで。
まま、この坊やは、
見た目こそ すべすべするんとした頬の
人間の子供を装っているものの。
その実、
ふっかふかな冬毛をまとった
仔ギツネさんでもあったりするので。
「♪♪♪〜♪」
抱えている側の瀬那くんにしてみれば、
天然のマフ(お子様の体温つき)を預かっているようなものであり。
おやかま様が器用にも細い火箸を操り、
くるくると炙っておられる、小魚の開きや かき餅を、
早く焼けないかなぁと、一緒になってわくわくしてお待ちの平和さよ。
そんな場へ、
「猪鍋とか平気で食らう神祗官補佐様ならば、
これも支障はあるまいて。
そんなお声とほぼ同時、
庭へと向いた戸口…を塞ぐように覆う、
幾重にも重なっていた几帳の楯の群れを、
倒さぬようにと気を遣いつつ訪のうたのが、
黒髪に黒い衣紋といういで立ちも相変わらずの、蜥蜴の総帥様であり。
その腕へと半ば折りにした布のようなものを幾枚か掛けていて、
「…すとぉるの元か?」
「いやいや、虎という生き物の毛皮よ。」
猫の仲間のでかい親玉でな、
海の向こうの西南の地に住んでおる。
「それはおっかない牙や爪持つ野獣なので、
畏れから“神”とされることもあるんだが、
時折、里にまで降りて来ては人を襲うことがあるものは、
さすがに退治されもするようでな。」
ほほお、神を退治か。
命には替えられんということだろうさ、などなどと。
それこそ畏れもない口調でのやり取りを交しつつ。
そらと渡された豪奢な毛皮を、
さして衒うこともなく、
ひょいと自身の肩へ羽織ってしまうところが、
“…まあ、こういう獣の御霊を払うこともあるお人だし。”
畏れはあっても恐れていては始まらぬ。
そういう理屈はセナにも判っているし、
「はやや〜〜。」
ふさふさな毛並みには思念の居残りもないものか、
そういう気配には敏感なはずのくうちゃんも、
ただ単に珍しいものだなぁというよな扱い、
ほややんと見ほれているばかりなので。
何やら取り憑いていての…という危険はないらしく。
『くうはそも、小動物を狩る狐の眷属だぞ?』
それに、あの蛇神様とも仲がいいのだ、
生態輪廻も自づと理解しておろうし、
闇雲に恐れたり哀れんだりしてちゃあ始まるまいよ、とは。
地上での頼もしき保護者筆頭、
お館様のお言葉だったが…それも今はさておいて。
「ここまでしんしんと冷え込むと、さすがに気が萎えそうにもなるわの。」
空には雪雲が重く垂れ込め、
庭先には一向に溶けそうにない氷や霜の気配がただただ冷ややか。
いやに森閑とした静けさなのは、
雪や氷のせいのみならず、
ここいらが場末だからというのもあろうけど。
「何の大路へ出たとしても、
人影なぞ全く見えずの、死に絶えた町のようだという話での。」
「お師匠様…。」
今帝つきの神祗官補佐様が、
何を罰当たりなことをお云いですかと、窘めかかったセナだったものの、
「いいんだよ。あんの、すっとぼけタヌキめが。」
さすがに天の仕業では、儂の手には負えない事態。
せめてものこと、近場で人死が出ぬようにと、
縁起の悪いことが続かぬよう、目配りするしかないようだの…と。
はぁあと吐息をつきつつ仰せになったものだから。
しかもしかも、相槌打った東宮様がまた、
縁起の悪いことを放置したれば罰を食らわす…と仰せになられたも同然との、
勝手な念押し重ねたものだから。
それは全くその通りでございますとのごますり半分、
適当に応じていた権門らが、ハッと我に返ってのそれから。
館近辺で貧民の凍死者を出さぬよう、
渋々ながらも炊き出しを始めたらしいとの噂は、
場末の此処へも届いておいで。
「何なら国庫を解放してもいいとの腹積もりだったのだろうが、
その前にと、そんな芝居が臆面もなく打てるのだものな。」
あくまでも上からの厳命ではない格好で、
これは見上げた心掛けよと、褒めてつかわすだけで済ませた辺り。
金も強引な恩着せも使わずに、安泰な結果を招くとは、
何という賢帝であることかと感嘆していいところだのにね。
そんな奇策を 繰り出すは、
口八丁な今帝の得意技だしなと。
かつては自分も、利用したはずが利用されてた立場なだけに、
歯に衣着せずとの勢いで言ってのけた蛭魔であり。
“…素直じゃないったら。”
腹積もりをも読んでなさったならば尚のこと、
おさすがな采配よと素直に褒めればいいのにと。
負けず嫌いなお師匠様への苦笑を、ついつい込み上げさした書生くんであり。
「…にしても寒いなぁ。」
足元へも何か敷いたらいんだよな、
おい葉柱、これと同じものを あと10枚ほど都合出来ぬかと、
さっそくにも無茶振りをする尻腰の強さのどこが、
極寒に萎えておいでなやらで。
「何なら雪で塗り固めるってのも手ではあるがな。」
北国では“かまくら”というて、
雪で固めた洞の中でままごとをする遊びがあっての。
結構な気密で風を避けるので、ずんと暖かいらしいぞ?と、
さすがは見聞も広い総帥様が言ったのだけれど、
「…その雪の重みで、屋敷が潰れなきゃあいいんだがな。」
「あ……。」
ウチはあばら家だってのを忘れたか、このトンチキがと。
あ〜あ、やっぱり噛みつかれてしまった葉柱さんだったようであり。
思い切り眇められた目許といい、歪められた口許といい、
しっかと怒っておいでのお師匠様だっていうのにね。
「………せ〜な。」
「んん?」
「おやかま様、ホントは怒ってないね?」
「うん、そうだね。」
くうちゃんにも判るの?
うっ。だってトゲトゲのによいしないもん。
本気で怒っているときは、こんなして間近でお喋りなんてしてられない。
自分たちへの余波が来ぬよう、大急ぎで結界張って、
こそこそ撤退しなきゃあいけない空気が漂うし。
そも、それにしたって葉柱さんが相手でというのは嗅いだことがない。
………なんてこと、あっさりと覚えられてしまってる辺り、
どんだけ紛らわしい痴話ゲンカを重ねて来たお二人なのやら。
何はともあれ、今年も仲良く、どうかよろしくネvv
〜Fine〜 11.01.16.
*なし崩しエンドですいません。
風邪の威力は相当なもののようで、
もう1週間になるのに、まだまだ快癒とは言えずで、
昨夜はとうとうティッシュ2箱目を制覇しました。
年だからってのもあるのかな、回復力落ちたかな。
皆様はくれぐれも、
ご自愛なさってお元気でお過ごしくださいませね?
めーるふぉーむvv 

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